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ママの毒吐き。 摂食障害&鬱の日々、買い物依存症と戦う主婦。 娘は場面緘黙症、だけど明るくてうちの一番の自慢です。
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毎晩、ヒナが寝てから、必ず清志郎の曲を聴きます。

聴けば聴くほど、清志郎の死が信じられない。

初めて聴いたのは、姉に借りた「トランジスタラジオ」。
まだ、私が10歳で。

その直後に「い・け・な・いルージュマジック」が発売された。
独特な高い歌声、シュールな世界にはまり、それ以来、私は清志郎のファンになった。

10歳の私でも、清志郎と結婚したいと思った。

でも、どこか、中性的な、性別を超えた魅力を感じ、今の私の中では、まさに神様。

「スローバラード」を聴いたのも小学校の頃だった。
この曲で、私は大のロックバラード好きになった。

なかなか、スローバラードを超えるロックバラードはないと思う。

私が一番好きなのは「君が僕を知ってる」という曲。
とても、聴きやすい歌と思う。
清志郎のストレートな歌詞は、凄くセンチメンタルで、時にはHな歌詞もあるけれど、それがちっともいやらしくなくって、古臭いけど、私の青春とともに、清志郎の歌はあった。

暗黒時代には、どん底だった清志郎。
曲は売れない、セックスに溺れる日々、ドラックでラリって、そのうち死ぬのではないかって思った時代もあったという。
でも、彼自身のスタイルを崩さずに、自分の信念を貫いて、築き上げた清志郎の音楽の世界。
若手ミュージシャンの憧れで、日本のロックの神様と言われるまでになった。

本当に凄い人。

壮絶な人生・・・だけど、最高の人生だったのではないかと思う。

最後は、最愛の家族に看取られ、眠るように逝った清志郎。

幸せだったんだと思う。


清志郎の死を知った時、一番初めに「ヒッピーに捧ぐ」を聴いた。

本当にお別れって突然やってくるものですね。

今日も、未だに涙が出ます。

近所でカフェをしている知り合いのオーナーも、清志郎ファンで、そこに行けば清志郎が聴けると思って、カフェのドアを開けたら、清志郎の歌声が聴こえてきた。

また泣いて、淹れてくれたおいしいコーヒーを飲みながら、オーナーと長々と清志郎を語り合いました。

清志郎の生きた、この時代に生きて、良かった。

大げさかもしれないけど、本当に心からそう思う。

清志郎のようなバンドマンは、今後現れるのだろうか。

しばらくは、清志郎漬けの私です。





今日は、パパが久々お休みで。
3人と犬2匹で、海に行きました。
快晴だったので、日に焼けました。
顔がヒリヒリ。





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プロフィール
HN:
ナーボー
性別:
女性
職業:
塩作り
趣味:
音楽
自己紹介:
石垣島で暮らす、一児の母です。
娘のヒナは場面緘黙症、私はパニック障害と摂食障害
と日々戦っています。
その他家族は、パパ、チワワのハル君、ミニチュアダックスのルーシー君の5人?家族です。
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